自転車泥棒(原題: Ladri di Biciclette, 英題: The Bicycle Thief)は、1948年にイタリアで製作されたモノクロ映画。
年末のくそ忙しい時に、PCと車が同時に故障して使えませんでした。車は足だし、PCは情報収集をする目だったり、文書を作成する紙と鉛筆だったりしますので、何にもできない状態に。しないとならない事や、行かなきゃならないとこは、なんとか遣り繰りして切り抜けましたが、そんな思うように動けない年末に見たのがこの作品。第二次世界大戦後のイタリアを舞台に、リアルさを追求したネオレアリズモ(新写実主義)の作品の一つであり、いわゆる不朽の名作と呼ばれている映画。1948年というたいへん古い映画なので、80年代には直接的な関係はありませんが、こことの関連でいうなら、80年代にはユニコーンの作品に自転車泥棒という楽曲があったり、この映画で使われている自転車は世界最古の自転車メーカーでもある、ビアンキ社製のものだったりします。
物語は、第二次世界大戦後のイタリア、ローマ。職に困っている主人公のアントニオ・リッチは、職業安定所の紹介で市役所のポスター貼りの仕事を見つける。その仕事には自転車が必要だが、生活のため自転車は質に入っている。自転車がないと、職は得られないと役所の担当者から言われてしまう。妻マリアが家のベッドのシーツを質に入れて、その金で自転車を買い戻し、なんとか職を得ることに成功する。役所より支給された制服に身を包み、与えられたロッカーをマリアにも見せて浮かれるアントニオ。父親のために自転車を磨いてくれた息子のブルーノを連れて、さっそく出勤をする。何もかもが上手くいくと思えた矢先に、ポスター貼りをしているほんの一瞬の隙を付かれて、自転車が盗まれてしまう・・・。
いわゆる著作権が切れたパブリックドメインの映画ですね。書店なんかで廉価で販売されています。名作が多いですが、さすがに古すぎてあんまり見る機会がない。ただローマの休日だとか、現代でも通用するお洒落映画なんかもあって、この作品もそんな現代でも通用するもののひとつだと思います。
廉価なDVD盤なのに、なんか微妙にお洒落。
この作品の特徴のひとつは、徹底したリアリズムを追及している点。セットは一切使わずに全編ロケで行われ、主人公の主役の親子はオーディションで選ばれた素人。父親役のアントニオを演じたランベルト・マジョラーニは失業した電気工で、息子のブルーノを演じたエンツォ・スタヨーラは監督が街で見つけた子だった。
終戦直後の物も仕事もない混乱した時代の現実を、鮮やかに切り取って見せたところが名作といわれる所以なのでしょう。自転車は担いで、大切に家の中にしまわれている。これが無いと仕事にありつけないし、移動する術も制限されてしまい、大勢が並ぶ列に並んでバスを待たなければならない。現代のように、ホームセンターで1万円ほどで手に入るということもないので、高価な財産だったのでしょう。
息子は、親父のために懸命に自転車を磨き、自転車を探す親父にどこまでも付いていく。
金がないならないなりに、一緒に盗品市場を探してくれる仲間たちがいる。
リアリズムを追求した話なので、ハリウッド映画みたいにハッピーエンドでなんらかの決着が付くということはない。自転車は戻ってこないし、主人公がひとつの行動に出た山場(クライマックス)の後で、何も解決しないまま物語は終わる。終戦直後の厳しい現実を、どこまでもリアルに描ききっている。救いのない結末で、なんら希望が見えてこない終わり方をするのだけれども、見終わった感想としては、終戦直後の自由な空気、どこまでも高い空を感じて、希望に満ちた映画なのだと感じる。仕事も失ってしまうかも知れなくて、金も何にもないけど、妻がいて息子がいて友達がいる。何にもなくてどん底だけれども、これからは良くなってゆくという希望が感じられる。モノクロなので、空の色はわからないけれど、これはグランブルーのように空の青の映画なのだと感じた。
ということで、個人的評価は星★★★★。ローマの休日にも引けを取らない、お洒落れな不朽の名作、自転車泥棒(原題: Ladri di Biciclette, 英題: The Bicycle Thief)(原題: Ladri di Biciclette, 英題: The Bicycle Thief)でした。
参考:Wiki 自転車泥棒(映画)の項