こちらは、2010年にアルバトロス株式会社より発売されたDVD遊園地の記憶。巨大な遊園地からデパートの屋上遊園地まで、2010年の時点で現存する遊園地を収録している。遊園地とはいっても、ディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパンのようなメジャーなところは収録しておらず、昔どこかで訪れたようなノスタルジーを誘うところがメインになっている。
遊園地の宣伝やガイドではなく、実際に観覧車やメリーゴーランドなどの遊具にカメラが乗り込み、記憶の中の遊園地をバーチャル体験できるというような作り。そのため、現存する遊園地ではあっても、どこか儚げでどこか寂しい感じが漂っている。収録のため、平日に遊具を動かしたのか、ほとんど観客の姿がない遊園地ということも、それに拍車をかけている。
収録されているのは、よみうりランド、桐生が岡遊園地、大宮公園児童スポーツランド、おやまゆうえんハーヴェストウォーク、小田原城址公園こども遊園地、あらかわ遊園、丸広百貨店わんぱくランド、蒲田東急プラザ プラザランド、浅草花やしき、上野こども遊園地、富士急ハイランド、小山ゆうえんち、谷津遊園、るなぱあくなど、関東周辺がメイン。現存するところ以外にも閉園してしまった遊園地の資料も収録されている。蒲田東急プラザ プラザランドと丸広百貨店わんぱくランドは、デパートの屋上遊園地。蒲田東急プラザ プラザランドは、2014年3月に閉店となり閉鎖される予定だったそうだが、屋上の観覧車はランドマークとして残されたみたい。丸広百貨店わんぱくランドは、素晴らしいことに現在でも健在。
ライナーノーツには、2005年に閉園した今は無き小山ゆうえんちの貴重資料も特典として収録と謳われており、桜金造氏のTVCMも収録されている。ちなみに現在では、おやまゆうえんハーヴェストウォークとしてショッピングモールになっているらしい。
観覧車を模したようなデザイン。
映像は綺麗なのですが、平日の人のいない時間帯を狙ったのか、休園日に取材したのか、ほとんど人がいない無人の遊園地を撮影しているため、どこかおぼろげで、まるで夢の中、記憶の中の遊園地を見ているかのよう。肖像権などの問題があるからでしょうが、これが幻想的で郷愁を誘う意外な効果を上げている。
外観からだけでなく、このように実際に乗り物に乗り込んで、遊具をバーチャル体験させてくれる。
一日遊んで日が暮れて。ディズニーランドではこれからでしょうが、こういった遊園地では閉園の時間。楽しく遊んだ遊具たちは電気を落とされて、お客さんが来るのを明日まで待っていてくれる。
題材として華があるためか、ゲームにもよく遊園地は登場します。代表的なものといえば、アトラクションを設置して遊園地の経営を行う1995年に発表されたテーマパークシリーズ。製作は、ポピュラスシリーズのピーター・モリニュー氏。大ヒットとなったときめきメモリアルにも、遊園地でデートするシーンがあったり、ファイナルファンタジー7では実際にミニゲームで遊べる仮想の遊園地をゲーム内に作り込んでしまうほどだった。
こちらは、2015年に辰巳出版より発売された、デパートの屋上や遊園地の遊戯コーナーに設置してあった10円ゲームやエレメカを扱った日本懐かし10円ゲーム大全。こういったアナログなゲームも遊園地には欠かせないものでした。
少子化の影響でこのようなものが置いてある場所も段々と減ってきているそう。デパートの屋上遊園地などは、もう絶滅寸前といっても良いくらい。昔は子供が多かったので、こういう場所は活気があって、集客の意味でも確かに存在する理由があった。今だと、大人が懐かしんで訪れる方が多いくらいなのかも知れません。
前回、ネタとしてやった電動ライド、ムーバー。これも遊園地の風景には欠かせないものだった。
このような遊具のルーツはどこから来ているのかはわかりませんが、群馬県前橋市のるなぱあくに置いてある電動木馬は1954年製で、2007年に国の登録有形文化財に登録されているそうです。木製の木馬だと紀元前5世紀頃、回転木馬(メリーゴーランド)だと、1860年頃まで遡れるようです。遊園地自体は、遊園地に類似する施設がデンマークで1583年、ロンドンで1661年にオープンしているそうです。かなり、昔から存在しているのですね。
日本近代詩の父と呼ばれる偉大な詩人、萩原朔太郎の作品の中に遊園地(るなぱあく)にてという詩があります。一部抜粋します。
遊園地(るなぱあく)にて
遊園地(るなぱあく)の午後なりき
廻転木馬の目まぐるしく
艶めく紅のごむ風船
群集の上を飛び行けり。
今日の日曜を此所に來りて
われら模擬飛行機の座席に乘れど
側へに思惟するものは寂しきなり。
なになれば君が瞳孔(ひとみ)に
やさしき憂愁をたたへ給ふか。
見よこの飛翔する空の向うに
一つの地平は高く揚り また傾き 低く沈み行かんとす。
明るき四月の外光の中
嬉嬉たる群集の中に混りて
ふたり模擬飛行機の座席に乘れど
君の圓舞曲(わるつ)は遠くして
側へに思惟するものは寂しきなり。
朔太郎は群馬県前橋市の出身なため、前橋市のるなぱあくは、この詩から名前を採っているそうです。この詩の中に歌われているのは、浅草にあった遊園地なのだとか。この詩が収録されている氷島は1934年(昭和9年)詩人が48歳の時に刊行され、遊園地(るなぱあく)にては昭和6年詩人が45歳の時に発表されている。浅草のルナパークは1911年(明治44年)に閉園されており、詩人は1929年(昭和4年)に家庭破綻により娘二人を連れて一旦前橋の実家に帰っている。すでに存在していない遊園地で、やさしい憂いをたたえた瞳で詩人を見つめていた人は誰だったのでしょう。年代、時代などは関係なく、いつの時代であっても遊園地とは郷愁を誘う場所なのかも知れませんね。
それにしてもいろんなDVDがあるものだなと思わせてくれる一本。なかなか目の付け所がすごい企画だと思います。ぜひデパートの屋上の記憶だとか、駄菓子屋の記憶だとか、ドライブインの記憶だとかをやって欲しいと思います。
参考:Wiki 遊園地、木馬、回転木馬(メリーゴーランド)、テーマパーク(ゲーム)、ピーター・モリニュー、小山ゆうえんち、丸広百貨店川越店、萩原朔太郎、るなぱあくの項、東急プラザ/屋上かまたえん公式HP、日本懐かし10円ゲーム大全、萩原朔太郎 遊園地(るなぱあく)にて